私が主治医をしていた少年は物々しい機械に囲まれたお気に入りの小さなベッドの中で生活をしていました。
寂しい時には近くの人にイタズラをしてはずるい笑顔を振りまく人気者でしたが、重い心臓病をもって生まれてきたために人工呼吸器を装着し、話すことができず、寝たきりのためにこれまで一度もその小さなベッドから外に出たことがありませんでした。
ある夏の日、私は午前診を早めに切り上げて急いで食事を終わらせて少年と約束した冒険の最終準備に取り掛かりました。何ヶ月も前からチームメンバーと計画した冒険の最終確認を行い、本当に今日行けるかと少年に聞くと少年は目をキラキラさせて雲一つない窓の外を見てご機嫌に笑っていました。

「天気よし、体調万全」その日私たちは大冒険に出ました。隣の公園までの僅か15 分の外出でしたが、私たちにとっては海底2 万マイル以上に息苦しく緊張する冒険です。それでも多くのチームメンバーに支えられて何とか目的地に到着しました。そこで初めて見た太陽は不安そうな少年を熱く包み込んで、真っ青な高い空が蝉の大合唱でお出迎えをしました。やんちゃな師長さんは近くの木に留まっていた蝉を素手で掴んで少年にプレゼントしましたが、少年の背中の後ろに飛んでいき、みんながあたふたした様子に少年はこれまでに見たことのないくらいの笑顔で笑っていたのを覚えてます。

長年診療をしているとどうしても治療が思った通りにならず悔しい思いをすることがあります。そんな時にはカラフルで生命力に溢れる世界に少し助けてもらうことがどんな病気にも効くような気がしますが如何でしょうか。

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神戸徳洲会病院 小児科診療部長 泉井雅史医師