2022.01.29
20世紀の最後、まあ20年ぐらい前ですが、僕が研修医だったころ、「そろそろ、タバコ吸ってもいいですか?」退院間近の患者さんからわりと普通に質問されました。
今外来でこの質問がくることは皆無です。まったくありません。
ほんの20年のような気もしますが、ずいぶん様変わりです。病棟の詰め所には端っこにカーテンで区切られたナース用の詰め所があって、ちょっと開けると紫煙に曇る天井は「太陽に吠えろ」レベルでしたし、その当時のナースキャップをつけた白衣の天使たちが、足をくんでくわえタバコをしている風景は研修医冨田の幻想を打ち砕きました。
しかし、その一方で「退院も決まったし、そろそろお酒のんでもいいですか?」というのは今でもわりと普通に聞かれます。アルコールはタバコに比べて害が少ない、少量だと有益という風評のせいでしょうか。最近の疫学研究においては、残念ながら少量において有益というのは言い過ぎのようです。アルコールは発がん物質としてのデータはわりとハッキリしていて、WHOの発がん物質の表にはタバコ、ヒ素と並んで、(ヒ素!)データの質の高い発がん物質として分類されています。心筋梗塞などの血栓症に対しては、少量で有益の可能性は残りますが、発がん性の有害性で打ち消されてしまい、トータルでは害が勝るというのが結論のようです。タバコとくらべて、有害性の種類やレベルは違いますが、そもそも「害がわりとはっきりしている嗜好物質」であるものを摂取するのに、「医師の許可を得る。」というのは何かの免罪符的なものなのかも知れませんね。
もうしばらくすると、「お酒飲んでもいいですか?」と患者さんから聞かれなくなる時代になる気がしますがどうでしょうか。
このコラムを書いた医師
神戸徳洲会病院院長 冨田 雅史